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  • 2023年8月8日

ぼくが2年ちょっと留学していたサンフランシスコには、御存知のように名所がいっぱいある。さらに足を延ばせば雄大なヨセミテ国立公園や水族館で有名なモントレーにも行ける。都市生活の便利さと自然の美しさを気軽に楽しめる街だった。


あまり知られていないが、何度も訪ねた場所が、市内から車で北に向かって2時間ほどのポイント・レイズ(Point Reyes)だ。太平洋に突き出した「レイ岬」。


Google Earthで見ていただければわかるように、海に突き出た砂洲などからなる複雑な地形の場所だ。岬の先端からは太平洋が広がり、運がいいと沖にクジラが見えます。季節によっては海岸にゾウアザラシが寝そべっている。散策路でエルクに出会ったこともあります。もしサンフランシスコに滞在する機会があって、レンタカーを借りてどこかで半日過ごそうとお考えなら、お勧めします。

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もう44年前の3月上旬である。大学受験、志望校に合格した。


高校生活は悲惨だった。入学して半年たたないうちに母が急逝した。家事ができない父と二人きりの生活。高校までは片道1時間半から2時間かかった。生きているだけで大変だった。入学したときは上位だった成績も下がってしまった。父は早々、ぼくが大学に入学したら再婚すると宣言した。そして現役で大学に入学しろ、という。


そんな事情で、高校時代は大学進学のための踏み石と決め、これ以上できない、というぐらい勉強した。その高校には、今、思い出しても、すばらしい先生方が何人かいらした。口をきいたこともなかったがチャーミングな女子もいた。しかし「青春を謳歌する」余裕はなかった。


英語が苦手だったので、英語の配点が多い私学は受験せず、志望校一本勝負。まよいもためらいもなく、必死だった。


合格発表のあと、ぽかん、と静かな春の日がおとずれた。重圧から解放された喜びというより、しばらく何もしなくていいのだ、という空っぽな感覚。


ぼんやり家で過ごしていた時、NHK「みんなのうた」で「道」という曲を聴いた。歌っていたのは広谷順子さんという方。空虚なこころに広がっていった。


インターネットで数年前、発見して何度か聞いている。広谷さんが3年前、亡くなられていたことを、最近知った。今でも、ぼーっとしているとき、ふと歌が聞こえる。

留学していた時、指導してくださったイライアス教授はユーモアのセンスをいっぱい持ってる人だったが、その教養も広く深く、無教養なぼくにはその冗談が理解できないことがあった。これは世界各国から来てる他の研究者にとっても同じだったらしい。「ピーター(教授のこと)はぼくたちをリラックスさせようとジョークを言ってるんだろうけど、難しくてわかんないよー」と、みんな口々にボヤいていた。


 一つ、憶えているジョーク。教授の部屋で電子顕微鏡写真を二人で検証していた。「ああ、これは拡大鏡がいるなあ」と引き出しから虫メガネを取り出した教授、いきなりそれでぼくの顔をみて「おお、大発見だ。モノが大きく見えるぞ。レーウェンフック以来の発見だあ」と叫んだ。

 これ、わかりますか?レーウェンフックというのは17世紀、顕微鏡を発明した学者であります。科学史によほど興味が無いと知りませんよ。ぼくはたまたま高校時代の授業で習ったのをかすかに憶えていましたが。


 ただ、そんなふうに文学的?だった教授のセリフで印象に残った表現がある。

 自分の研究の経緯を説明していた時だった。予想どおりの結果が得られず、どうしていいかぼくは悩んでいた。すると教授は言った。

「なに、ゆっくり考え直して、ゆっくり始めればいいのさ。Not the end of the world (世界が終わるわけじゃない)」


 こういう状況で使う英語には、たとえばIt could be worse (もっとひどかったかもしれない→まあ、いいんじゃない)があるけど、ぼくはNot the end of the worldのほうが好きだ。自分の悩みが、大きな世界の中では小さいもんだよ、と思い直すきっかけになるような気がする。


 帰国後、さまざまなトラブル、ひどい出来事があった。それぞれの時で、絶望的な気分になったけど、Not the end of the world と心の中でつぶやくと、すっと身体が軽くなった。


Copyright © 2021 Mitsuhiro Denda
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