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執筆者の写真傳田光洋

アジアの誘惑

更新日:2021年4月9日

単身で留学生活を始めて、しばらくは自炊していた。小麦粉を焦がしてルーを作り、ビーフシチューまで作ったが、一回作ると数日、そればっかりである。さすがに飽きた。


よく、海外に滞在すると「お茶漬けが食べたい」とボヤく人がいるが、ぼくは和食なしでも平気だ。ただ、アジア系の料理は恋しくなる。


ある時、アパートの郵便受けに「ナライ・レストラン開店!美味しいタイ料理をお楽しみください」というチラシが入っていた。アパートから15分ほどの場所。クレメント通りという一画があって、アジア系のレストランや食材店が並んでいた。チラシを持ってナライ・レストランへ行った。そこでグリーンカレーの美味しさにびっくりした。


タイのグリーンカレーは、今や、ウチの近所のスーパーマーケットにもレトルトが3種類ほどある。日本人の好みにあうのだろう。しかしナライの場合、絶妙なゆで加減でシャキシャキした、緑あざやかなサヤインゲンが入っていて、呆然とするぐらい美味しかった。ほかのメニューも全部、美味しい。常連さんになった。


クレメント通りの他のアジア系レストランも探訪し始めた。たとえば、ゴールデンタートルというベトナム料理屋が、しみじみ良かった。カニやエビのガーリック炒めは、たまに日本からくるお客を連れていくと絶賛された。勤務先で定年前のおじさんが、学会のついでにサンフランシスコに来たので連れて行った。おじさんはカニを夢中で食べてから「デンダ君、ぼくは引退したらサンフランシスコに住みたくなった」と真顔で言った。


サンフランシスコの街では、市の条例か何かで、チェーン店、フライドチキンやハンバーガーの店だが、それらはフィッシャーマンズワーフのような観光地にしか出店を許されていなかったらしい。つまり、ベトナム、タイ、中国などから来た、おっちゃん、おばちゃんが切り盛りする小さなレストランを街の看板として護ろうというのだ。


それ以来、自炊は止めて、クレメント通りや、その近所のアジア系レストラン、というより「食堂」という表現のほうが、ぴったりするなあ。それらを食べ歩いた。当時、円高でもあり、日本円で3~400円でおなかがいっぱいになった。


いま、カリフォルニアもコロナウイルス蔓延で大変なようだ。愛すべき小さな食堂が元気でいてほしいと思う。

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