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執筆者の写真傳田光洋

四季・ユートピアノ

更新日:2023年8月15日

「好きな映画は何ですか?」と問われたら、ベスト3は30年間、変わっていない。2位が二つ。タルコフスキーの「ストーカー」、ゴダールの「気違いピエロ」。そして最も好きなのは、厳密には映画ではない。NHKのドラマ「四季・ユートピアノ」です。おそらく、もう生涯変わらないだろうな。


1980年、京都のおんぼろ学生アパートの共同スペースで、定期購読されていた新聞を見て、その日、そのドラマがあることを知った。2万円のテレビを大学生協で買ったばかりだった。


雪景色にまず魅かれた。ぼくが少年時代を過ごした滋賀県彦根市にもけっこう雪が降った。長靴でぼこぼこ雪道を歩く時の音を思い出した。ヒロインのA子は次々に肉親を喪うが、その行きどころのない空虚な感覚が、高校入学して間もなく、母を亡くしたぼくに伝わってきた。本当に近しい死は悲しみではなく、世界の構造が変わってしまったような印象を残す。いや、多分、世界と自分との間に、元には戻らない空隙をもたらすのだ。


A子はピアノ調律師を目指し東京に出てくる。ピアノ工房の仲間たち、穏やかな師匠の「みやさん」。外国客船、オペラ歌手夫婦やサーカス団のピアノを調律する。そこにも出会いがあり別れがある。家族や師、友人の死をしっかり見つめながら生きるA子は、死があるからこそ輝く生を讃えているように思えた。


当時はビデオなんてないから、それっきりだった。それだけに印象が心の中で反響し続けていた。5年後、京都を追われることになった年の冬、自主制作映画のサークルが「四季・ユートピアノ」の上映会を行なうというチラシを見つけて会場に駆け付けた。入口で監督の佐々木昭一郎さんとすれ違った。


その後、東京に本社がある会社に就職した。ふと思い立って渋谷のNHKに行ってみたら、なんと「四季・ユートピアノ」のVHSビデオが売られていた。初任給から考えると結構な値段だったが、迷わず購入した。ボーナスを待ってビデオデッキも買った。

それから何回見たことだろう。その都度、自分のこころの最も深い部分が静かな涙を流す。


一昨年「竜とそばかすの姫」というアニメーション映画が公開されたが、A子を演じた中尾幸世さんが声優として「出演」されるというので、近所の映画館に行った。中尾さんの声はすぐにわかった。


事情があって、DVDが販売されることは難しいそうだ。しかし、多くの映画監督など映像関係の方々が「四季・ユートピアノ」を「影響を受けた感動した映画」として挙げていられる。日本の風土の中でしか生まれない、しかし世界で感動を呼ぶであろう傑作が、永く多くの人に見られるようになることを祈っています。

閲覧数:52回2件のコメント

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2 Comments


まあ
まあ
Aug 22, 2023

四季ユートピア、観てみようと思います。自分の中にどんな風景が生まれるか楽しみです。

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傳田光洋
傳田光洋
Sep 26
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佐々木昭一郎さんが逝かれました。Youtubeに「四季・ユートピアノ」ありますね。

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