ウズベキスタン紀行
- 傳田光洋
- 1月2日
- 読了時間: 14分
更新日:1月2日
9月30日
成田からタシケントまでの直行便。ゴビ砂漠のあたりから窓に寄るが、窓を透明にする手段が最初わからず、よく見えなかった。雪をいただいた山脈や河がぼんやり見えた。透過性調整スイッチに気が付いてキルギスとウズベキスタンの国境あたりの天山山脈はよく見えた。深い渓谷がある。その間に街らしいものも見えた。3D運行イメージ画像も良くできていて、リアルタイム映像ではないがタクラマカン砂漠の砂丘模様まで見れた。
タシケントに夕方着く。Yandex Go(YG-スマートフォンで呼べるタクシー)ですぐ車が拾えた。空港のATMではお金が300万スム(約3万円弱)しか下ろせなかった。宿にATMがあって200万スム追加した。宿の豪華な2ベッドルームの部屋についてパソコンにWi-Fiにつなげようとしたが、手間取ってしまって焦った。くたびれにはてて夜、近所の料理屋に行って、羊のシャシュリクと、トマトサラダなどを食べた。羊がとても美味しかった。
夜、宿に帰ってフラフラになってシャワーを浴びて寝た。湯は景気よく出て良かった。バスタブにも早く湯が溜まった、
10月1日
ホテルの朝食はサモサなどが焼きたてで美味しく、量もたっぷりでとても良かった。歴史博物館が休みだったので、まずチョルスバザールへ行く。巨大な円形の建物の前にも膨大は数の露店が出ていて、野菜や果物、衣服を売っている。バザールのドームは二階建てで一階は巨大な肉の塊など日常の食料品を売っていて二階はドライフルーツ、ナッツ、菓子などを専ら売っている。同じような店が並んでいて、その割に人は少なく、商売になるのか不審に思う。普通の露店より客引きはやや熱心。
バラクハン・マドレセなどがある場所に来て、散策した。トイレでは3000スム求められた。ウズベキスタンの公共トイレでは大抵3000~5000スム徴収することが入り口に書いてあって、おばさんなどが座っている。
道端で色の黒いアラブ風のおっさんと少年がやってるザクロジュース屋があった。赤ん坊の頭ほどある大きいザクロをぎゅっと簡単な装置(ニンニク潰しのような仕掛け)でしぼってくれる。それだけだが甘くてかすかに渋味があって美味かった。それからラグマン屋に入って、パプリカスープに入ったラグマン(ウドン)と同じスープの水餃子風、サラダ2品にお茶を頼む。1400円ぐらい。「ウドン」は腰が強く容易に切れない。塩分も薄く油も軽めで、とても美味かった。
それから地下鉄に乗る。クレジットカードのタッチでOK。なのだが私のカードは受け付けてもらえずツレのカードで入場。乗り換えながらどこまで行っても21円。出口は自由に出れる。「コスモノーツ(宇宙飛行士駅)」でガガーリンやテレシコワのレリーフを撮った。地下鉄を乗り継いで一旦宿に戻る。
レストランで羊と「つくね」風のシャシリク、野菜のシャシリクを注文。後者はでっかくトマトは普通のサイズ。それに火の通り加減が絶妙で、中心まで暖かいが表面は焦げていない。とても美味く食べ応えがあった。
10月2日
早朝暗い中、4時に起き、6時にロビーに行って、ワッフルなどを詰めた朝食ボックスをもらって、YGで空港に向かう。この朝食ボックスもサモサなどが入って美味かった。空港から約一時間の飛行でブハラの飛行場に着く。薄曇り,少し肌寒い。YGで車を呼んだのだが、なかなか来ない。ふっかけタクシーがいっぱい来て鬱陶しい。やっと車が来て宿まで連れて行ってくれるが宿のロケーションは風致地区であって車が入れない。手前で降りて300メートルほど路地をガラガラ、スーツケースを引っ張っていく。不便ではあるが車が入らないので、周囲には乾いた土の色の建物が並び、シルクロードの街に来たな、と思う。宿に荷物を預け、迷路のような道を歩いて高い塔、ミノラ・キャノンのある場所に行く。隣接するキャロン・モスク、ミラ・アラブを見る。アラベスクの装飾をずーっと見ていると、つくづく数学というものはイスラム世界から生まれたものだと感じる。偶像崇拝を止めると抽象的思考が深くなるのではないか。
丸いドームがかさなるタキザルギャロンに行く。外観はいかにも「シルクロード」風。中や周囲の土産物やバザールを見て回る。刺繍にはとても美しいものがある。結局、刺繡の実演があり染色の展示もある刺繍屋でクッションカバーを買う。
昼の食事はバザール近くの通りの二階のプロフ屋でブハラ風プロフ。油を使っているはずだが、それほど油っこくなく、また独特の旨味があり、牛肉やパプリカなどが入っていてとても美味しかった。
その後、アブヂラジス・ハン、ウグルベク・マドラサに行く。前者の中は小さな博物館になっておりガイドブックにあった「幽霊壁画」も見れた。内壁の装飾は古びてはいるが見ごたえがあった。外に出て、猫寄せ「まあー」とやると、暗褐色の縞猫が寄ってきて膝の上に乗ってしまった。ウズベキスタンでは猫をよく見かけたが、日本の猫に比べて小柄で、かつ野良だか飼い猫だかわからないが、みな毛並みがきれいだった。
その後、街を散策。屋根の上に青い長い尾を持つカササギを見た。様々な店が並んでいる。帽子を売っているところもある。絵を商う店で古い馬の絵を買った。店員の若い少年は、17世紀、18世紀頃のアラブのものではないかというが、確証はない。その後、ノーデル・デーボーンベキ・マドレセに行った。鳥の装飾がある珍しいマドレセ。店頭で金槌を持って金細工をしている黒縁メガネの若者に呼び止められ、その店でコウノトリハサミを2つ買った。名前も入れてくれる。一つ。1100円程度であった。ガイドブックに書かれているより安い。「砥がなくていい。使っているうちに自然に砥がれる。ぼくはイスラム教徒だから嘘は言わない」と仰せであった。
その後、オールドブハラレストランに来て、ラム肉チョップのよく焼いたものを食べたが、これも非常に美味しかった。サラダはトマトとバジルが混ざったもので、これも酸味はほとんどなく非常に食べやすかった。足元を白黒、縞模様のネコが往来する。その後、暗くなったので、塔を見に、塔のライトアップを見に街へ出かけたが、しばらく迷ってしまった。アジア系の二人連れに道を教えてもらった。
ミノラ・キャノン塔のライトアップを見ると、さすがに素晴らしい光景であった。横のキャロン・モスクも赤く照らされていて、日本の寺院のライトアップなどとは全く異なる感じがした。空には半月の月が出ていた。宿に戻って風呂を浴びようとしたが、風呂の湯の補給が非常に遅く、というか量が少なく、とろとろ流れるシャワーだけで体を洗って寝た。苦情を言ったが、来たのは昼間フロントにいた悲し気な顔の青年ではなく、無愛想な青年が来て「こんなもんだよ」というので諦めた。
10月3日朝5時頃起きる。室内の気温がかなり低く、私にとっては寝心地が良かった。よく眠れた。7時から朝食。温かいものはそれほどないが、ソーセージなどあってとても豪華であった。スイカやメロンなども美味しかった。
荷造りしてから9時過ぎに西の方の9世紀の遺跡イスマイール・サマニ廟を見に行く。立方体状の遺跡であり、タイル装飾は無く非常に古風な感じがした。内部装飾のパターンもこれまで見たイスラム風のアラベスクとは異なり、方形や円で力強く構成されている。ゾロアスター教の意匠が入っているという。
それから歩いて、ヨブの泉と称する遺跡に行く。泉は、タンクと蛇口につながれていて、少しずつ手に触れることができるようになっていた。それから、ボラハウズという名前の、方形の池の前の遺跡に行く、彫刻がある非常に高い木の柱を使っていて美しかった。見ているうちに帽子をかぶった老人が絨毯を広げ始める。中では午後一時から礼拝が始まるようだった。
アルク城に向かう手前に、おそらくソビエト時代のものじゃないかと思われる高い鉄塔があり、そこに50000スム払って、エレベーターで登った。展望台からは街の景色が見えて爽快であった。フェンスに世界各国の都市名が書かれていた。東京まで6249km。
少し歩いてアルク城に行く。スロープを登って城の中に入る。城の後半、崩壊した部分はそのままになっていてまるで砂漠のような光景になっていた。街がよく見えた。巨大なタジン鍋を並べたような城壁。城を出たところに観光客向けのラクダがいた。口は堅く覆われ、眼を閉じていた。
ドロンという路地裏の店、2階建ての店に入る、その屋上のテラス、そこで食事する。レギスタン広場の建物群がとてもよく見えて気持ちが良い。ドロンという牛肉と卵を巻いたものと、じゃがいも、ラムを炒めたもの、クミン味、そしてサラダなどを頼む、ザクロジュース、スイカジュースも頼む。どれも非常に美味しかった。ウズベキスタンの料理は、すべて油分が少なく、塩分も少なく、非常に食べやすい。飲み物代が料理より高くツレはぶつぶつ言う。それから、YGを呼んで、4つの塔のモスク、チャル・ミナルに行こうとするが、ちょうど礼拝の時間に差し掛かったせいか、なかなか車が来なかった。やっと小型のタクシーが来た。非常に天気が良くなり、ほとんど暑くもなり、その中で四つの塔の水色はとても美しく見えた。塔の建物の上まで登った。ところどころ塀がなく少し怖かったが、塔から後光がさしているように見えた。それから徒歩でぶらぶら街を歩きながら宿に戻る。
タクシーで午後4時過ぎにブハラの鉄道の駅に着いた。手荷物検査。X線かなんかで荷物を見る装置があって、ちょっと慌ててバタバタしてしまった。しかし、検査はすぐに終わった。駅構内に入って売店で、晩飯の代わりの,牛肉のサモサと、鶏とチーズのサモサのようなもの、長いバナナみたいな形のやつ。それを購入し、電車に乗った、特急に乗った。特急車内は非常に広い。私たちは背中合わせの席になり、私の前にはカルロス・ゴーンみたいな風貌のおっさんが座って、テーブルに置いてあったウズベク語の新聞を読んでいた。私が進行方向。枯れた草や小さな並木が見える平原ばかりで、時々遺跡のような盛り上がりがあるが、単調な風景。時々小さな駅に止まる。午後6時近くになってから暗くなって、全然本が読めなくなった。6時8分、やっと電気がついた。
サマルカンドについてYGで宿に向かう。フロントにゴダールが太ったようなサングラスのおっさんと白い服の10歳ぐらいの少女がいた。翌朝飯のメインを選ぶ。最初は103の部屋、明日から104の部屋になるという。部屋数は少なく、家族経営の宿のような感じ。部屋は立派なビジネスホテル。
10月4日
朝起きて朝食。やはり非常に豪華であった。薄い小麦粉の皮で巻いたひき肉がとても美味しかった。果物なども豊富に出ていた。メロン、スイカなど。
9時頃にまずレギスタン広場に行って、ウグルベク・マドラサに行く。壮麗なモザイク。「星」の装飾が美しい。次いでティラカリ・マドレセに行く。入口でアジア系の若い女性たちがウズベクの民族衣装で長々と写真を撮っており「ここは入り口だ。どいてくれ」と何度も言ってやっと入れた。内装のアラベスク、金と紫のパターンに圧倒された。次いでシェルドルマドラサに行き、朝だったので光が当たっていなかったけれども、非常に有名なそのパターン、鹿を追うトラが面白かった。
ここで連れはスカーフを買った。聞いた話では、連れが実際の歳を言うと店の19歳の娘さんが「40代に見えますねー」などと言ったそう。この娘さんは優れたビジネスウーマンになるだろう。その後、ウグルベク・マドラサの塔に登った。非常に狭く、石の螺旋階段は1回に2人ぐらいしか登れないし、天井の穴というものは、せいぜい人が一人顔を出せる程度であった。それでも眺めは非常に良かった。何人か他の観光客とすれ違ったら、すれ違うのが大変であった。
その後、レジスタン通りを歩いて、グリ・アミール廟に行く。グリ・アミール廟の中の内装もやはり黄金での装飾が素晴らしく、高い天井、星や様々な文様、それらが印象的であった。それからYGを頼んでしばらく迷った挙句、ショボ・バザールの近くで降ろされる。ここでバザールを見る。大きなスイカなどが並んでいる。ここのチャイハネでひき肉のシャシュリクを食べてお茶を飲む。それからビビハニモスクに行く。確かにこれは大きいことは大きい。その大きさには圧倒されたが、装飾については、これまで見たものがあまりにもすごかったので、今一つ感動しなかった。
その後、イスラム・カリモフ通りを通ってレジスタン広場に向かうが、その途中でTシャツを2枚、二つの店で5ドルと6ドルで買った。刺繍がある6ドルの方、米ドル札を出したら、店のおばさん(英語は通じない)が不審な顔をして、一緒にいた小学生ぐらいの女の子(英語を流暢に話す)が外に行って確認して行って、OK大丈夫と言ったのでそれで払う。街路樹に棘だらけの殻をもつトチの実のようなのが下がっている。レギスタン広場に行き、朝、影になっていてよく見れなかったシェルドルマドラサの壁画を見る。望遠レンズで撮影。
中学生ぐらいの目鼻立ちがはっきりした少女二人がツレに「英語、話しますか?質問して良いですか?」と問いかけてくる。学校の課題だろうか。周囲に同じような二人組男女が何組もいた。ツレは「趣味はボンサイです」などと応えている。「写真撮っていいですか?」と問われ「いいけど、こっちも撮っていい?」と聞くと一瞬逡巡して「じゃ、いいです」と去っていく。
ツレは家族ずれや少女の二人組などに何度も「いっしょに写真撮っていいですか?」聞かれた。1970年の万博の頃だっけ。「ガイジンと写真撮る」というのが名誉だった田舎に住んでいた。
宿に一旦戻る。暗くなってからレギスタン広場のライトアップを見に行く。予想通り美しい。
10月5日
YGでシャヒーズィンダ廟に行く。ドライバーが何度か迷った。着けばかなり人が多い。それぞれの霊廟の中のアラベスクが素晴らしい。古いものは古いものなりに、素朴ながら、そのパターンに見とれてしまう。一番奥の霊廟に入って、小部屋に入った。イスラムでは珍しい花模様の壁画に見とれていたら、部屋の隅にいた黄土色の服を着た黒縁メガネのおじさんに突然椅子に座るように言われ、座るとコーランの祈りらしきものが始まった。その部屋に、観光客が入るたびに、客が入るたびに座らせて、コーランの祈りを捧げているらしい。神韻とした雰囲気でとても良かった。
そこを出てから、ゆっくり歩いて、YGを呼び、ウグルベク天文台に行く。実際に見ると地下へ伸びる巨大な円弧状の階段があった。博物館では団体観光客がいて鬱陶しかったけれども、六分儀、その模型、あるいはその天文台の構造などが展示されていて、とても勉強になった。巨大な円弧が精緻な計算を可能にしたと思う。
その後、ダニエル廟に行く。緑が多く冷たそうな川が流れる周りの雰囲気は非常に清々しくて良かったけれども、ダニエル廟というのは、深緑のアラビア文字を刺繍した布で覆われた長い棺があるだけ。そこで鳥笛と磁石玉を買う。それぞれ100円。陶器の鳥笛はあちこちの遺跡で子供たちが吹いていて、鳥の声かと間違えたぐらいで興味があった。
それから道に迷いつつ、アフラシャブ博物館に行く。紀元前から7世紀までのゾロアスター教徒の都、アフラシャブの遺跡の壁画、独特の美しさ、特に青い色が印象的だった。唐の女官が舟にのる図など高松塚古墳壁画を思い出した。ビデオには日本語ヴァージョンもあった。その後、アフラシャブの丘に行く。荒涼たる遺跡の跡、ほとんど何もないけれども発掘跡のような穴を見つけた。深い谷の枯川の壁に線状のパターンが残っている。
サマルカンドで一番人気のレストラン「プラタン」へ行く。広々とした豪華であるが清潔な店内。ラムの焼肉、ひな鳥のロースト、サラダ二品を食す。ウズベクワインも3杯飲んだ。ひな鳥は柔らかく鶏肉には思えない。
それから近所の高級ショッピングモールへ行く。4階建て。4階がレストランで日本食レストランもあった。妖しい鮨屋の看板。ウズベキスタンの裕福な人のための場所。それからグル・アミール廟のライトアップを見に行く。
10月6日
朝6時、フロントに「朝ごはんボックス」が置いてあった。コッペパン風チーズサンド二つとどっさり果物。フロントの若い男性がYGまで荷物を運んでくれた。ウズベキスタンの若い男性はハンサムだけど悲しげな風貌。どっさり褒めて表現すれば、例えば妻夫木聡さんが憂鬱そうな表情のとき。街には川谷拓三さんのようなおっちゃんもいる。
駅から特急。車窓からベージュ色、ラクダ色の平原、低い丘の連なりが見える。遠くに牛がいる。出立まえに届いたNさんの本を読むうち、正午近くにタシケント駅に着いた。
駅から最初の日に泊まったホテルに行って荷物を預かってもらう。フロントで教えてもらった近所のレストランにいく。ローズマリー・タラゴンのジュース、スグリなどのベリーのジュースが大きなグラスでくる。ロールキャベツ、水餃子、プロフを注文。やはり美味い。
ヒューマンハウスという土産物屋に行く。リシタンの茶碗を買う。店の裏に耳が大きい子猫がいた。トイレのイラストが異常であった。それから工芸博物館に行く。様々な帽子、絨毯、楽器の展示がおもしろい。さらに夕暮れ時のバザールによって宿に帰り、荷物を持って空港に向かう。成田行きのフライトは1時間半遅れていてチェックインも長く待たされた。空港で大きなサモサなどを食べて登場を待つ。トイレかと思った場所は礼拝用の施設だった。
搭乗して薬を飲んですぐ眠り、起きたら韓国上空だった。
































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