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おちこぼれ

  • 執筆者の写真: 傳田光洋
    傳田光洋
  • 2024年11月24日
  • 読了時間: 2分

小学校、中学校の時、「おちこぼれ」の気分をどっさり味わった。


入学試験なんかない田舎の町立小中学校だったから、机にむかう勉強は、まあできたのだが、運動神経が全くなかった。運動会の駆けっこなどでビリなのは構わないのだが、苦痛だったのがクラス対抗のサッカーだった。クラスでチームが複数組まれる場合、ぼくがメンバーだと決まると、同じチームのみなさんがため息をついた。申し訳ないけど仕方がない。


試合の時にはオノレの立場を十分わきまえ、なるべくボールが来ない場所に身を置くようにしていたのだが、えてして、そういう場所にボールは転がってくる。「こっちに蹴れえ!」と言われてあたふたボールを蹴ると、必ず味方から罵声をあびる方向にボールは転がってゆく。試合後、負けるとメンバーの中には泣いてる連中もいた。「たかがクラス対抗のサッカーやんけ」と涼しい顔をしていると、ものすごくトゲのある非難の視線をいくつも感じた。


ぼくが高校受験をひかえていた1970年代半ば。「文化大革命」がまだ正義だった時代である。その影響を受けて教師たちが「高校受験に向けて勉強ができる子、まあまあの子、できない子、3人組になって助け合う」という命令を下した。3人の選別は教師。ぼくは「まあまあできる子」だったが、そのチームで「できない子」だったK君の表情が忘れられない。中学校の同級生の名前はほとんど覚えていないが、K君のフルネーム、最初の「助け合い」の時の彼の視線、今でもありありと覚えている。彼の気持ちは、クラス対抗サッカーで邪魔者あつかいされたぼくにはよく想像できた。


数年後、ぼくは大学に進学していたが、地元に帰るバスの中でK君に出会った。「おお、元気そうやんけ。おれも今、がんばってるで」と笑顔で話しかけてくれて、ちょっと楽になった。

 
 
 

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